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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)2399号 判決

原告

オストロヴイツキ・モーリス

被告

小田急交通株式会社

ほか二名

主文

一  被告小田急交通株式会社及び被告アレン・エム・ブラントは、原告に対し、各自金一六〇万三九一六円及びこれに対する昭和五九年三月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告小田急交通株式会社及び被告アレン・エム・ブラントに対するその余の請求並びに被告三石テキサコケミカル株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告小田急交通株式会社及び被告アレン・エム・ブラントとの間に生じたものはこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告小田急交通株式会社及び被告アレン・エム・ブラントの負担とし、原告と被告三石テキサコケミカル株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金一九八八万二一〇〇円及びこれに対する昭和五九年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五九年三月二一日午後五時五〇分ころ

(二) 場所 東京都港区赤坂七丁目三番三八号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(以下「加害車」という。)

右運転者 清水弘(以下「清水」という。)

(四) 被害車 自動二輪車(以下「被害車」という。)

右運転者 原告

2  責任原因

(一) 被告小田急交通株式会社(以下「被告小田急交通」という。)。

被告小田急交通は、加害車を自己のため運行の用に供していたものである。

(二) 被告アレン・エム・ブラント(以下「被告ブラント」という。)

被告ブラントは、加害車の客席に乗車していたが、加害車が信号待ちで停止した際後部左側ドアを開けたため、加害車の左側方を走行していた被害車が加害車の後部左側ドアに衝突した(本件事故)。自動車の乗客は、ドアを開ける場合には後方の安全を確認し、自車の側方を通過する車両の進行を妨害しないように開扉すべき注意義務を負うものというべきところ、被告ブラントはこれを怠り、後方の安全を全く確認しないままドアを開扉した過失により本件事故を惹起したものである。

(三) 被告三石テキサコケミカル株式会社(以下「被告三石テキサコケミカル」という。)

被告三石テキサコケミカルは被告ブラントの使用者であるが、本件事故は、被告ブラントが被告三石テキサコケミカルの事業を執行するに付いて発生したものである。

3  原告の損害

(一) 原告は、本件事故のために頚椎捻挫、腰部挫傷捻挫、右第二指基節骨及び末節骨骨折、右足部挫傷及び第一中足骨骨折、右膝打撲、右顎関節打撲症、右上第一歯及び第四歯破折の傷害を受けた。

(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(1) 治療費 金四一万七一〇〇円

(2) マツサージ代 金一一六万五〇〇〇円

(3) 休業損害 金一三〇〇万円

原告は、曽我特許事務所から年収四〇〇万円を得、その他に約六〇〇万円の収入があつた。本件事故後、曽我特許事務所の収入は何とか維持できたが、その他の仕事は二六か月余り止めざるをえなかつた。

50万円×26か月=1300万円

(4) 後遺障害(自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表第一四級一〇号・症状固定昭和六一年六月九日)による逸失利益 金一五〇万円

1000万円(年収額)×0.05×3年=150万円

(5) 慰藉料 金二七五万円

(6) 弁護士費用 金一八〇万円

(7)ⅰ 六本木外科病院の診療費 金三六万六七五〇円

ⅱ 大庭歯科医院の診療費 金一四万四四〇〇円

ⅲ 慶応大学病院の診療費 金五万〇五一〇円

ⅳ 慈恵大学病院の診療費 金三万三四〇〇円

ⅴ 白石整形外科医院の診療費 金一八一万五八二五円

ⅵ 千原治療院の診療費 金一五万五〇〇〇円

ⅶ 通院交通費 金一四万六七〇〇円

4  損害の填補 金七五万円

原告は、本件事故につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から損害賠償額として自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「別表」という。)第一四級の保険金額金七五万円の支払を受けたので、右金額を前記損害額から控除する。

よつて、原告は、被告らに対し、被告小田急交通につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、被告三石テキサコケミカルにつき民法七一五条に基づき、被告ブラントにつき民法七〇九条に基づき、各自前記3(二)(1)ないし(6)の損害合計金二〇六三万二一〇〇円から4の損害填補額金七五万円を控除した残額金一九八八万二一〇〇円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五九年三月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告小田急交通)

1 請求原因1、2(一)の事実は認める。

2 同3の事実について、(一)は知らない。(二)のうち、(七)は認め、その余は知らない。

3 同4の事実は認める。

(被告三石テキサコケミカル及び被告ブラント)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2(二)、(三)の事実は否認する。

3 同3の事実について、(一)は知らない。(二)のうち、(七)は認め、その余は知らない。

4 同4の事実は認める。

三  抗弁

1  自賠法三条但書の免責(被告小田急交通)

清水は、加害車前部右側(運転席)に位置し、乗客の被告ブラントを後部席左側に乗せ、全部のドアが解錠の状態で発車した。加害車の速度が二〇キロメートル毎時を超え運転席を除く全部のドアが自動的に施錠されたが、こうした施錠状態のまま、渋滞のため本件事故現場に停止した。本件事故の際、加害車の停止地点は、カナダ大使館の正面出入り口付近であり、加害車の目的地である日本生命赤坂ビルの降車地点までには、なお約一〇〇メートルの距離を残していた。加害車停止後、被告ブラントは、清水に声を掛けることもなく無断で、ドアのロツクを解錠するとともにドアを押し開けた。清水は、後部席で何かが動く気配を感じバツクミラーを見たところ被告ブラントが車外に出ようとしているのが映つたため、被告ブラントに対し「ストツプ。」と声を掛けたが、既にドアは開いていた。

本件事故現場の道路(以下「本件道路」という。)は、歩道と車道の区別のある、車道片側四車線の道路である。加害車は、本件道路の最も歩道よりの車線を走行していたが、本件事故当時車道は渋滞しており、そのため停止していた。加害車の左側面と歩道端との間隔は一・一〇メートルであつた。

被害車は、右状況のもと、加害車の左側面から〇・五三メートル、歩道端から〇・五七メートルの進路を走行して前記開扉したドアに衝突したものである。

本件事故において、清水は、後部席で何かが動く気配を感じてバツクミラーを見たときには、ドアは閉まつている状態ではなく開いていたものであり、閉まつている状態でない限り運転席からドアが開くのを防止する方法はない。したがつて、本件事故につき清水及び被告小田急交通には注意義務を見付けることが困難である。

他方、自動車の乗客は、ドアを開ける場合には後方の安全を確認し、自車の側方を通過する車両の進行を妨害しないように開扉すべき注意義務を負うものというべきところ、被告ブラントはこれを怠り、後方の安全を全く確認しないまま加害車後部左側ドアを開扉した過失により本件事故を惹起したものである。

また、渋滞で停止中の自動車の左側方を通過する自動二輪車の運転者は、自動車から降車する者がドアを開けても衝突しないよう自動車から離れたところを走行するか、又はいつでも停止できるような速度で走行すべき注意義務があるものというべきところ、原告はこれを怠り、加害車の左側面近くを徐行することなく走行したため本件事故に至つたものである。

加害車には、本件事故と因果関係のある構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

2  過失相殺(全被告)

前記のとおり、原告には本件事故の発生につき過失があるから、原告の損害を算定するに当たつては、右の点を斟酌して減額されるべきである。

3  弁済(全被告)

被告小田急交通は、原告に対し、本件事故による損害につき合計金三〇六万二五八五円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、2の事実は否認する。

2  同3の事実は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2(一)の事実は当事者間に争いがない。

二1  そこで、本件事故の態様について検討するに、原本の存在及び成立に争いのない乙イ第一、第二号証、証人清水弘の証言及び原告本人尋問(但し、後記措信しない部分を除く。)の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件道路は、通称青山通りで、本件事故現場付近では歩道と車道の区別のある車道片側四車線である。本件事故当時、本件道路は渋滞していた。

(二)  加害車は渋滞のため本件事故現場(本件道路の最も歩道寄り車線上。以下、同車線を「第一車線」という。)に停止していたが、加害車の左側面と歩道端との間は一・一メートルであつた。

(三)  被告ブラントは、加害車の左後部座席に乗車していたが、後方の安全を確認しないまま、降車するため後部左側ドアを開扉したところ、折から加害車の左後方から進行してきた原告運転の被害車が同ドアに衝突した。

(四)  清水は、被告ブラントが降車しようとしているのを本件事故直前に気付き、「ストツプ。」と声を掛けて制止しようとしたが間に合わず、被告ブラントは前記ドア開扉してしまつた。

(五)  原告は、被害車を運転して、本件道路第一車線上の渋滞車両と歩道端との間を進行していたものであるが、第一車線上に停止した加害車と歩道端との間隔を二〇ないし三〇キロメートル毎時の速度で通り抜けようとしたところ、前記のとおり加害車後部左側ドアが開き、回避する間もなく同ドアに衝突した。

2  そこで、被告小田急交通の自賠法三条但書の免責の主張につき判断するに、自動車の運転者としては同乗者が突然ドアを開扉するなどして交通に危険を生じさせないよう必要な措置を講ずべき注意義務があるものというべきところ(道路交通法七一条四号の二)、前記事実によれば、清水は、加害車を本件事故現場に停止させていた際、後部座席の被告ブラントの行動に十分注意していなかつたため、同被告が降車しようとしていることに気付くのが遅れ、その結果同被告の前記ドア開扉を防止しえなかつたものということができる。したがつて、清水は加害車の運行に関し注意を怠らなかつたものということはできず、その余の点につき考慮するまでもなく、被告小田急交通の右主張は理由がないことが明らかである。したがつて、被告小田急交通は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償する義務がある。

3  被告ブラントの責任につき検討するに、自動車に乗車しているものは、ドアを開ける場合には後方の安全を確認し交通の危険を生じさせないように開扉すべき注意義務を負うものというべきところ、前記事実によれば、被告ブラントはこれを怠り、後方の安全を全く確認しないままドアを開扉した過失により本件事故を惹起したものということができる。したがつて、被告ブラントは、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償する義務がある。

4  次に、被告三石テキサコケミカルの責任について検討するに、本件事故が被告三石テキサコケミカルの事業の執行につき生じたものであることを認めるに足りる証拠はなく、したがつて、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告三石テキサコケミカルに対する請求は失当といわざるをえない。

三  原告の損害

1  原本の存在及び成立に争いのない甲第一ないし第四号証及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故のために頚椎捻挫、腰部挫傷捻挫、右第二指基節骨及び末節骨骨折、右足部挫傷及び第一中足骨骨折、右膝打撲、右顎関節打撲症、右上第一歯及び第四歯破折の傷害を受け、昭和六一年六月九日頚部痛等の後遺障害を残して症状が固定したこと、そして、自賠責保険上、原告の右後遺障害は、別表第一四級一〇号該当の認定を受ていることが認められる。

2  右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。

(一)  治療費 金四一万七一〇〇円

原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証の二によれば、原告は、前記受傷の治療のため白石整形外科クリニツクに対し昭和六〇年九月一日から昭和六一年六月九日までの治療費として金四一万七一〇〇円の債務を負担し、同額の損害を被つたものと認めることができる。

(二)  マツサージ代 金一六万六四二八円

成立に争いのない甲第九号証の一ないし二三二によれば、原告は、昭和五九年九月二九日から昭和六〇年九月六日まで千原治療院でほぼ毎日マツサージと鍼を受け、その費用として合計金一一六万五〇〇〇円(一回当たり金五〇〇〇円)を支払つたことが認められるが、その回数は極めて多数回に亙つていて、その全部を本件事故による損害として被告らに負担させるのは相当ではなく、本件事故による損害としてはその七分の一の金一六万六四二八円を認める。

(三)  休業損害 認められない。

成立に争いのない甲第五号証の一ないし五及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は、曽我特許事務所から特許に関する業務の報酬として年間金四〇〇万円の収入を得ていたことが認められるが、前記受傷のため右収入に減少が生じたものとは認められない。原告は、その他に約六〇〇万円の収入があつた旨を主張し、原告本人はこれに副う供述をするが、右を裏付けるに足りる証拠はなく、原告本人の右供述はにわかに措信しがたく、他に原告の休業損害を認めるに足りる証拠はない。

(四)  後遺障害による逸失利益 認められない。

前記後遺障害のため原告に所得の減少が生じたことを認めるに足りる証拠はないから、後遺障害による逸失利益を認めることはできない。

(五)  慰藉料 金二五〇万円

原告の受傷の内容、治療経過、後遺障害の内容及び程度等諸般の事情を総合すれば、原告に対する慰藉料としては金二五〇万円をもつて相当と認める。

(六)  その他の損害 合計金二七一万二五八五円

請求原因3(二)(七)の事実は当事者間に争いがない。

(七)  過失相殺について

前認定の本件事故の態様によれば、停止していた加害車左側面と歩道端との間は約一・一メートルしかなかつたのであるから、このような場合、自動二輪車の運転者としては、第一車線ないし他の車線上を渋滞車両に追従して進行するか、又はやむをえず加害車と歩道端の間を通過する場合には直ちに停止できるよう十分に速度を減速して走行すべきである。原告は、被害車を二〇ないし三〇キロメートル毎時の速度で加害車と歩道端の間を進行させたため、加害車後部左側ドアーが開くのを衝突の直前に発見したが、何らの回避措置をとることもできず、前記のとおり本件事故に至つたものである。

したがつて、本件事故の発生に関し原告にも落ち度があつたものというべきであるから、これを斟酌し、原告の前記損害額から一割を減額するのを相当と認める。

(八)  損害の填補 合計金三八一万二五八五円

請求原因4の事実及び抗弁3の事実は当事者間に争いがない。

(一〇)  弁護士費用 金二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として被告に対し賠償を求めうる弁護士費用の額は金二〇万円をもつて相当と認める。

三  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、被告小田急交通及び被告ブラントに対し、各自前記損害の残額金一六〇万三九一六円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五九年三月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告小田急交通及び被告ブラントに対するその余の請求及び被告三石テキサコケミカルに対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡本岳)

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